COLUMN
SWX総研
連載「Re:Imagine(リ・イマジン)」では、多様な業界の識者の方々との対談を通じて、前提条件が日々変わるアフター・コロナの世界をイマジン(想像)してまいります。
今回お迎えしたのは、MoTの青木教授です。外資・日系証券会社にてのべ31年にわたり国内外の小売業界への調査、提言を行ってきた青木さんと、これからの小売業についてお話をうかがってまいります。
[語り手] 青木 英彦、 栗岡 大介(以下、青木、栗岡)
[取材・構成・編集]栗岡
[写真] Eri Shimizu
全ては人(の意識)から変わる
栗岡:
今回は、青木さんと3つトピックについてお話をさせてください。まず、業界の方々も注目している青木さんの現在の活動について。その後、国内外の小売業を31年近く調査されてきた青木さんにコロナ禍に於ける消費者や企業経営の変化についておうかがいします。最後に、青木さんが「小売第三世代」と呼ぶ、流通チャネル、カスタマー・エクスペリエンスに大変革を起こし続ける企業、小売業界のこれからについてお話いただきます。
東京理科大学大学院 経営学研究科 技術経営専攻(以下、MoT) 教授 青木 英彦
野村総合研究所、ゴールドマン・サックス証券東京支店、メリルリンチ日本証券、野村證券でのべ31年に渡り小売業界担当の証券アナリスト業務に従事。1994年に米・DUKE大学MBA取得、2018年 神戸大学大学院経営学研究科 後期課程修了 博士(経営学)。2021年より現職。
青木:
ありがとうございます。ではまず、自己紹介を兼ねて私の活動についてお話しします。これまで31年間、国内外の小売企業の調査を行ってきました。その中での気づきを伝えることで日本の未来を担う人財育成をしようと、現在は社会人大学院の教員として活動を行っています。
栗岡:
31年の調査が集約された気付きですか。非常に興味があります。是非シェアいただけますか?
出所:青木 英彦さん 作成
青木:
はい、海外の成長企業と日本企業を比べた時に一番痛感したことは、ITの導入が企業経営、成長戦略の必須事項として捉えられていない点でした。また、仮に経営者がITを積極的に取り入れようとしても現場が導入に前向きでないことも度々あります。結果的に、IT投資がコスト削減に留まり、全体最適や成長につながらないことがあげられます。
栗岡:
なるほど。弊社がサービス業界へ提供するアプリは経営者がトップダウンで導入を決めることが多いと聞きます。やはり経営者がオーナーシップを持って、全体最適に向けた導入を行うことが重要でしょうか?
青木:
はい、その通りです。全体最適のためには、単一業種・業態だけでなく様々な業種との「掛け算」「コラボレーション」が必要不可欠になってきます。私が教鞭をとるビジネススクールでは業界を横断した議論を行うことで、授業を通じた課題解決や未来事業のプロトタイプを行っています。また、この不確実な世界で冒頭に申し上げた全体最適化に向けた革新を可能にする組織形態についても議論を深めています。
注:KSFはKey Success Factor(成功の鍵)の略語
例えば、この図はコングルエンス・モデルを簡素化したものです。組織には、戦略の実行プラン(KSF)、人、文化、評価体系の4つの要素があります。この4つが整合性を持って機能する時に企業が成果を出すことができます。しかし、DXを例にとってもDX化がゴールになるケースが多く、特定部門のコスト削減にはなっても全体でみた時に大きな成果に結びつかないという話を度々耳にします。DX化は成長に向けた戦略の一部に過ぎません。重要なことは、リーダーが成長へのビジョンを示すだけでなく戦略を策定し、人、文化、戦略の実行プロセス(KSF)、評価体系の各要素の整合性が取れた計画の組織への実装が必要です。
栗岡:
なるほど、海外ではより高い成長性を実現するためにテクノロジーの「融合(コンバージェンス)」が大きなテーマとなっています。また、技術を融合し実装するための人と人との心のすり合わせがますます重要になってくるとも言われています。青木さんの取り組みはビジネススクールを通じて技術と心のすり合わせを行うだけでなく、コングルエンス・モデルのような成長に向けた組織の全体最適ができる人財を輩出することですね。そのプロセス自体が実は未来をプロトタイプすることなのかもしれません。
ピンチこそチャンス
栗岡:
話題を小売業界に移します。実は、私は青木さんとお話をすると毎回ワクワクします。青木さんは、悲観論者も少なくない小売業界の未来に対していつも希望や成長可能性を語られるからです。
青木:
はい、未来はきっと明るいですよ!ピンチこそチャンスです!コロナによって引き起こされた消費者心理、生活様式の変化は、企業にとって大きなチャンスとなるはずです。なぜなら消費者が変わっているので、企業も変わらざるをえないからです。全体最適の経営に向け、経営者は大きく舵をきることが出来ます。繰り返しますが、ピンチこそチャンスです。
栗岡:
ピンチこそチャンス。元気になる言葉ですね。では、消費者、企業サイドにどのような変化があったのか改めて整理いただけますか?
青木:
はい、大きく分けて3つの潮流があると認識しています。まずは、在宅勤務の継続により、住宅地の昼間人口が増加しました。これにより恩恵を受ける企業が生まれました。2つ目は、価値観の変化があげられます。キャンプが人気化するなど、人間性への回帰も大きなテーマとなっています。最後に、不確実な未来への不安感もあるかと思いますが、財布のひもが一段としまり消費者のバリュー志向が強まっています。
企業経営については、リモート・ワークの一長一短(社員モチベーションの向上や固定費削減の一方で、アイデア創発、人事評価の整備や社員の仕事環境の格差)をマネジメントが理解したほか、多くの実店舗小売業がEC強化に向けた動きが活発化しています。
出所:青木 英彦さん 作成
しかし、上記の図をみてもわかる通り、有店舗小売とオンライン小売のオペレーション、マーケティングの機能は大きく異なります。結果、企業間格差はあるものの実務面での障壁が顕在化しています。
そのような環境の中で、SNS等を駆使し直接消費者へ商品を販売するD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマーの略)が台頭してきました。私はD2C企業のように、流通チャネル、カスタマー・エクスペリエンスに大変革を起こし続ける企業群を「小売 第三世代」と呼んでいます。
(前篇終わり)